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珍事件手記 第7話 業界用語

業界用語

どのような業種によっても、業界用語というものがあり、警察で良く使う「ヤマ」「ホシ」などがある。

この「ヤマ」や「ホシ」は、テレビドラマによって、世間一般に浸透した警察用語で、「ヤマ」は事件の事を指し、「ホシ」は、容疑者の事を指すことは良くご存知と思う。

また、警察では「マルタイ」という業界用語もあるが、これは何を意味しているのか、お解りであろうか?

「マルタイ」とは、張込や尾行時に、対照となる人物の事で、「ホシ」とは違った意味を持っている。

「ホシ」は、容疑者や犯人を指す言葉で、「マルタイ」とは、身辺警護を行なっている人物の事も指す。

生半可な知識で、業界用語を使用して恥をかかないようにしなければならない。

私は、探偵社に入社し、始めて現場に出動する時に、上司から調査段取りについて、次のような説明を受けた。

「これから現場に向かってもらうが、昨日、襟取りを完了し、マル被の面を取っているから、今日は飛び込まずに、ヤサ付近で、立ちんぼ、するように。マル被は、用心している可能性があるから、遠張りで、尺を取っても構わない。くれぐれも絵を書かないように。」

以上のように告げられた。

しかし、私はこのような言葉を聞くのは始めてで、何が何だか解らない。

私は、恥を忍んで上司に言った。

「申し訳ありません、もう一度、解るように説明して下さい。」

「すまん、君は現場に出るのは今日が始めてであったな。」

上司は細かく説明してくれた。

「現場」(げんじょう)とは、調査現場の事。

「襟取り」(えりとり)とは、被調査者に自宅近辺や立寄り先などの状況を前以て調べておく事。

「マル被」(まるひ)とは、被調査者の事。

「面取り」(めんとり)とは、マル被の顔を確認する事。

「飛び込み」(とびこみ)とは、襟取りや面取り、又は聞込みの為にマル被の自宅や会社に身分を隠して訪問する事。

「ヤサ」とは、マル被の自宅の事。

「立ちんぼ」(たちんぼ)とは、車輛や屋内ではなく、外で張込む事。

「遠張り」(とおばり)とは、出来るだけマル被から離れて張込む事。

「尺を取る」(しゃくをとる)とは、マル被が用心して尾行に気付かれそうな時には、一旦尾行を解除して、後日その場所から再尾行する事。

「絵を書く」とは、自分の予想でマル被の先回りをしたり、嘘を付いて報告する事。

要するに、昨日の内に被調査者の自宅や立寄り場所、使用車輛などの下調べを済ませて、被調査者の顔も確認済みであるので、今日は被調査者の自宅に近付かず、自宅近辺の路上で張りこむように。

被調査者は、用心しているかも知れないので、出来るだけ遠くから張り込んで、尾行が気付かれそうな時には、無理をせず尾行を解除して、後日その場所に現れるのを待ち、少しずつ目的地まで尾行しても良い。但し、自分勝手に想像して、被調査者の先回りをしたり、嘘の報告をしないように。

との意味である。

我々は、現場に赴き、マル被を尾行し、尺を取らなくても総ての行動を把握できた。

その夜、会社では私の歓迎会を開いてくれた。

暫くして、ほろ酔い加減の先輩が私に話し掛けて来た。

しかし、先輩が話している言葉が、私には全く理解出来ない。

「申し訳ありません、業界用語は未だ解りませんので、私に解るように話して頂けませんか。」

私は、先輩にそう告げた途端、大声で怒鳴られた。

「ばかもん、わしは酔うと故郷の方言が出るだけだ!!」

私が探偵なって、始めての失敗であった。