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珍事件手記 第9話 行方不明

行方不明

私のデスクの電話が、いつものように、けたたましく鳴り響いた。

依頼者は、中年の男性である。

「妻が行方不明になったので、捜して下さい。」

「詳しく説明して頂けますか?」

「2日前に、私が仕事に行き、帰宅すると妻が居なかったのです。買物にでも出かけているのかと思い、夜の11時まで待ったのですが、連絡もないので警察に行ったのですが、もう1日待っても戻ってこなければ、再度来てくれと言われ、今日も警察に行ったのですが、まだ戻ってこないのです。」

家の中でなくなっている物を教えてもらえますか?」

「妻と私名義の預金通帳が無いのと、妻が気に入っていた洋服が数着見当たりません。それと、写真を総て持って行ってしまったようです。」

私は、以上の事を聞き、奥さんが自分の意思で自宅を出たのであろうと判断した。

もし、第三者に拉致されたのであれば、洋服や写真まで持っては行かないであろう。

「今からそちらにお伺い致します。」

私は、そう告げ、依頼者宅に向かった。

依頼者宅にて、まず、総てのゴミ箱をひっくり返し、手掛りになるようなメモが捨てられていないか探した。

次に、奥さんが読んでいた雑誌に目を通し、求人欄などに印が付けられていないか、切り取られていないかを調べた。

そして、奥さんが使用していた電話帳などに友人の氏名が記されていないかなど、あらゆる手段で探したが、全く手掛り無しである。

「奥さんが親しくされていた友人はご存知ですか?」

「3人程度であれば知っています。」

「奥さんが良く行っていた場所はどちらですか?」

「駅前のパチンコ店に良く行っていました。」

「奥さんと親しくしていた異性は居ましたか?」

「いいえ、女友達だけです。」

「最近奥さんの言動がおかしいと思ったことはありますか?」

「いいえ、ありません。」

私は、一通りの質問をしたが、手掛りとなるようなものは無い。

「調査依頼をお受けしても構いませんが、100%見つかるとは限りません。」

「それでも結構です、出来るだけ捜して下さい。」

私は依頼を受理した。

まず、奥さんの実家に赴き、両親の反応を観察したが、居所を知っている様子はなかった。

次に、奥さんの友人3人に聞込みを掛けた。

すると、奥さんはその3人から借金をしている事が判明し、友人も返済を求めており、匿っている様子はなかった。

私は、借金の用途先を皆に聞いたが、生活費に当てていた様子である。

どうして生活費に当てていたかを聞いたところ、みんな口を揃えてこう行った。

「ご主人が賭事ばかりして、家に全く生活費を入れないので、奥さんが家出した理由がわかる。」

どうやら、依頼者はあまり良い夫ではないようである。

しかし、皆に借金をしているにもかかわらず、銀行の預金通帳は持出している。はたして預金残高はあったのであろうか?

銀行に問合して調べたところ、総ての通帳は底を付いており、最近の出入金は無しと出た。

どうして預金残高の無い通帳を持出したのであろうか?

普通、夫に嫌気がさし、家出する場合は親族にその意思を漏らすであろうが、両親や子供にすらそのような素振りを見せてはいない。突然の蒸発である。

私は、長年の感により「これはあまりにも不可解な事件である。」と実感した。

それにしても、生活費すら家庭に入れない依頼者が、高額な調査料金を支払ってまで妻を探して欲しいと言うのが理解できかねる。

いずれにしても、我々が奥さんを探し出して、夫の元に戻しても奥さんが可愛そうであると判断し、調査途中で契約解除した。

しかし、依頼者は調査途中でも良いから報告書が欲しいと言い張る。

・・・・・・・・・・ それから1年近く過ぎ去った時 ・・・・・・・・・・

私は、新聞記事で白骨死体の身元が判明した記事に釘付けとなった。

その白骨死体は、絞殺痕があり、死亡後1年が経過している。

高速道路より、樹木が密集している場所に投棄されており、歯の治療痕より、氏名・・・・・・と断定された。

そう、1年ほど前に私が受けた依頼者の奥さんである。

それから1ヶ月が経過した頃、その女性絞殺遺体遺棄犯が逮捕された。

なんと、その犯人は依頼者である夫であったのだ。
高速道路のスピード違反を監視するカメラに、死体遺棄時期に該当する時分、夫がカメラに撮影されていた事がきっかけとなったそうである。

今から考えると、当時の不可解な依頼状況が総て辻褄が合う。

依頼者は、妻を絞殺した後、高速道路から滅多に人が出入しない山林に妻の遺体を投棄し、自分が疑われないように、警察に妻の失踪申告を申立、尚且つ、親身になって妻を捜しているように振舞うために、探偵に依頼を掛けた。

妻が家出をしたかのように装うため、妻の洋服を数枚と写真及び銀行通帳を焼却した。

そして、探偵に依頼をした証拠として、中間報告書を要求した。

我々は、社会公共に奉ずる機関であるが、信念を持たずに欲に溺れると犯罪に荷担する事もありえる事を実感させられた事件であった。