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珍事件手記 第1話 浮気調査

浮気調査珍事件

いつものように私のデスクの電話が、けたたましく鳴り響いた。

電話の相手は統括調査本部の本部長であった。

本部長の話を要約すると、ある若い女性から婚約相手の素行調査依頼を受け、被調査者である男性を3日間尾行したが、3日間とも友人と思われる男性と飲食を共にするだけで、特別関係人と思われる女性の影は一切浮かび上がってこなかった。

この事を依頼者に報告したところ、「絶対に浮気をしている」と確信しており、もう1日だけ尾行をすることになったが、現場に明日出動してくれないか。

との内容であった。

私は、女性の感の良さには日頃から敬服しており、依頼者の女性がそこまで言うのなら、まず間違いなく浮気をしているであろうと思い、調査依頼を受件した。

次の日、午前11時に統括調査本部から二人の調査員が私を迎えにきた。

一人は、商業高等学校を卒業し、商社に入社したが1年余りで退職し、当社の探偵養成講座を修了して専属探偵士に任命され、3年余りの調査歴を持つ23歳の若い女性であった。

もう一人の調査員は、地方公務員の職を全うし、定年退職後、探偵事務所経営に希望を持っている探偵養成所受講中の研修生で、60歳の男性であった。

現場は、被調査者が勤務する事務機器製造卸会社である。

張込みを開始する前に、私は付近の交通機関である地下鉄の1区間だけの乗車切符を3枚購入した。被調査者は、定期券を所持している可能性が高く、定期券にて改札口を通過した場合、我々は切符を購入している暇がないからである。

私達3人は、被調査者の勤務先である会社の従業員出入口が目視出来る場所にて、被調査者が退社するのを待った。

午後12時37分、被調査者が単身にて退社したので、私達3人は、尾行を開始した。

被調査者は、近くの地下鉄改札口にて、背広姿の26歳前後の男性と待ち合わせ、二人で地下鉄ホームに入った。

我々は、前以て購入していた乗車切符にて同ホームに入り、二人を監視した。

被調査者が接触した男性は、統括本部が3日間の尾行を行なった時と同じ男性であった。

「4日間も毎日、退社後に会うなんて、余程仲が良い友達かしら?・・・今日も空振りね!」

若い女性調査員は私にそう耳打った。

暫くして、ホームに電車が入り、被調査者と男性の両人は電車に乗車した。私は、出来るだけ両人に接触し、会話内容の傍受に努めた。

二人の会話は、「昨日の焼鳥は美味かったな・・・」とか「今日は何処に行こうか?・・・」等という会話しか聞き取れなかった。

電車は、繁華街のある駅に到着し、両人は下車した。

我々は、1区間しか乗車切符を所持していなかったので、小銭と切符を手のひらに乗せて、検札している駅員に提示した。

駅員は、切符と乗越し料金分の小銭をすかさず取上げてくれた。

両人は、下車駅近くのお好み焼き店に入店した。

午後2時08分、被調査者と男性は、同店を出、近くの喫茶店に入った。

午後3時43分、喫茶店を出た二人は映画館に入った。上映題目は「濡れた・・・」ようするにポルノ映画である。

この映画館は、出入口が1箇所ではなく、こういった題目の映画を上映している所には良くある、人目を忍んで出入出来る裏口というものがある。

被調査者がどの出口から出ても判るように当然、我々も館内に入って二人を監視する必要がある。

「あたし嫌だわ、こんな所に入るなんて。」

調査員といっても、まだ若い女性である。

親子ほど歳の離れた男性二人と若い女性一人の3人連れで映画館に入ると不審に思われるので、研修生を先に一人で入館させた。

女性調査員はまだ駄々をこねている。しかし、どのような場所にも出入出来る度胸を付ける事も調査員として必要な条件で、私は女性調査員を無理矢理映画館に引張りこんだ。

付近から見れば、スケベオヤジが嫌がる若い女性をモノにしようと、執拗に迫っているように見えたことであろう。

上映されている映画は、かなりハードな内容であった。

午後6時14分、映画館を出た被調査者と男性は、焼肉店に入った。

女性調査員は黙ったまま一言も私に口を開いてはくれない、かなり怒っているようである。

午後7時36分、焼肉店を出た二人は、繁華街を抜けて人通りの少ない場所に建っている「○×実業寮」と看板が出ている5階建てのビルに入った。

やっと女性調査員が私に話し掛けてきた。

「なんだ、会社の寮じゃない!これで今日一緒だった男性の勤務先も住所も割出せたわけね。」

女性調査員がそう言った途端、研修生も、

「今日も浮気相手と接触しなかったし、男性の事も判ったので引上げましょうか。」

と切り出した。

二人は、空腹のためか、しきりに現場解除を求めている。

しかし、この場所が今日一緒であった男性の勤務先寮である断定は出来ない。二人で友人の寮に立寄った可能性も考えられる。

私は、もう少し張込みを続行することとした。

・・・・・・と、そのときである・・・・・・

私達が張込んでいた「○×実業寮」3階の窓がガラガラと開いたのである。

窓が開く音を耳にした私達3人は、すぐさまその方角を注視すると、なんと天井まで赤いベルベット生地で埋め尽くされた部屋に、ミラーボールが天井を回り、なんとも怪しげな雰囲気をかもし出している一室が目の中に飛び込んできたのである。

「おかしい、どうしてあのような部屋が寮にあるのか」

我々3人の声が一致した。

ディスコルームにしては狭すぎるし、社員の休憩室にしては派手過ぎる。まるでラブホテルの一室のようである。

しかし、ラブホテルにしては張込み中に女性が入室した事実は無い、その建物に入った人物は総てが男性である。

私達は、意を決して同所に飛び込むこととした。

私と研修生は、同建物出入口の自動ドアに立った。黒い半透明のフイルムが張ってあるガラス戸が開き、内部を見渡すと、カウンターがあり、きな臭い男性が黙って我々を見据えている。

私はすかさず付近に目を配り「ご予約の方は5%割引」という張り紙を目にし、咄嗟に

「予約はしてなんですが、空いてますか?」

と切り出した。

すると、カウンター越しから

「始めて泊まるときは紹介者が居なければだめ!」

との返答が返ってきた。

「休憩でも良いのですが」

と研修生が切り出しても、紹介者が必要との返答であった。

・・・・・・我々はそそくさと引返した・・・・・・

そう、同性愛者専門のラブホテルであったのだ。

その一部始終を待機していた女性調査員に報告した所、目をまん丸にして口を半開きにした状態が暫く続いた。

次の日、本部長が依頼者に報告書を手渡した時、依頼者も同様に目をまん丸にし、口を半開きにしたまま、暫く身動き一つしなかったとの事である。⇒浮気調査